「いたこ」のおばさんの話は、三右衛門さんの初恋の人として聴いたことがあります。何でも、駆け落ちをしたこともあるとか。二人は別れてからもお互いに特別な人と思っていたらしく、いたこのおばさんは晩年まで三右衛門さんを訪ねて来ました。

 

その時ばかりは悋気の強いさとおばあさん(幼稚園児の私達がおじいさんにまとわり付いても機嫌が悪くなるほど)が、すっと席を外したそうです。実は、「いたこ」のおばさんは私達の両親の結びの神でもあります。父の大叔父に徳次郎という人がいました。鍛冶橋の「銅定」という屋根屋の次男坊で、「徳さん葦簀張り」の伝説が残る美男だったそうです。

なんたって、仕事をしているとそこら中の娘っ子が集まってきてしまう。だから、葦簀の向こうに隠れて仕事をしたとか。

嘘か本当かわかりませんが。で、この徳さん、地道に職人を続けていれば良かったものを、なまじ美形に生まれ付いてしまったために魔が指したんでしょうね。

役者になろうとしたんです。もちろん、ちっとばかり良い男でも芸の道は厳しい。売れない役者を続けている間に、いたこのおばさんと知り合い、情夫になったそうなのです。そうして、徳さんの姉の孫である父と、三右衛門さんの養女の妹である母は出会ったのでした。