随想等を書く自信は無いけれど総領は尺八を吹く面に出来て一生をボーッと暮らすと噺家が云ふが長男は誕れたが七年目毎に出来た妹弟が生後一ヶ月足らずで世を去り一人ッ子で育ったが生れ付きの病身と十九才で関東大震災に次いで翌年交通事故で父を亡ひ区劃整理後の建築関係の不況、支那事変、第二次欧州対戦に依る事業団体の改革、労務報国会の結成、防護団から警防団、帝都大空襲で焼け出される等私なりに多事多難の人生、明治三十八年生まれで五十才を三ツ四ツ出た過去、明治、大正、昭和、三代に渉る移り異りと終戦後の急変した世相を思ふと無学浅才ではあるが思い当たるまゝに古い万年筆を動かす事を想ひたち此の稿を始めたが生来の悪筆、誤字等御了承の上御判読後笑覧を乞ふ。

 

昭和三十三年秋

*町火消は明治維新によって消防組に改組され、その後は警防団、消防団となりました。